2015年9月 5日 (土)

それは突然やってくる

先月、音楽学校の同期と再会を果たしたというのに、同じ月の28日にやはり同期のピアニスト橋本麻里子さんが亡くなられた。

現役でミュージシャンを続けている数少ない同期の一人だった。

学生の頃は彼女はジャズピアノ専攻で副科がクラシックピアノ。

私はジャズギター専攻でクラシックピアノが副科。同じ楽器をやるのはズルいと思ってピアノにしたものの、二つの楽器を練習するのは大変だった。

後々ピアノは弾くことがなくなったし、どうせならクラシックギターでも習っとけば良かったと思ったけれど、学生時代ならではの経験だからそれでいいのだ。

麻里ちゃんはジャズピアノは寺下誠さんに習っていて、彼女のレッスン中に乱入してセッションをしたこともあった。

というか、寺下さんがレッスン室の外にいた私は見つけて「一緒にやろう!」と声をかけてくれたのだ。

今時は考えられないことかもしれないけれど、そんなことが許された良い時代だった。

卒業後は活動の場が違うので一緒になったことはない。

25年程前に新宿歌舞伎町でばったり会ったことがあったけれど、それが直接会った最後かもしれない。

Facebookでは繋がっていたのでお互いの活動は把握していたはず。亡くなられたことを知ったのもFacebookだった。

くも膜下出血で突然のことだったらしい。私と同い年。

いつか一緒に演奏できればと思っていたばかりに残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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2012年10月14日 (日)

哀しい

ご存知の方は殆どいらっしゃらないと思いますが、元ベーシストの喜多文章さんが亡くなられました。

仲の良い方は「ふみさん」と呼んでいましたが、私は知り合った頃はかなり若かったので「きたさん」と呼んでいました。

もう25年・・そう四半世紀も前、「ソウルバンドをやるから手伝ってくれ」と頼まれて入ったバンドのベースがきたさんでした。

変な言い方ですが、所謂昔のバンドマン、どちらかと言うと社会的にちゃんとしていない(笑)バンドマンでした。

ぼろぼろの借家に住みその日暮らしの様な生活、入ったお金は殆ど飲みで使ってしまう様な人でした。

それでも音楽に対してはいつも熱く、演奏はとても温かい音を出すベーシストでした。

若かった私をとても可愛がってくれて、そんな彼と音楽談義で朝まで語り合って家に泊めて頂いたこともありました。

その後そのバンドを辞めて何年かした頃に西田敏行さんのバンドをやらないかと話があり、そのバンマスに私を紹介してくれたのがきたさんでした。

きたさんとバンマスの大橋さんは古い友達だったのです。

彼は今をときめく一流ミュージシャン(ギタリスト)の今剛さんがまだハコバンをやっていた頃を知っている人で、彼の才能をいち早く見抜いた先見の持ち主でした。

バブル崩壊後はゴールデン街の飲み屋で働いていましたが、生き様は昔と変わっておらず、酔っぱらって階段から落ちて頭を打って亡くなるという悲しい亡くなり方でした。

近年は一年に一度その飲み屋に飲みに行ってお会いするだけでしたが、それももう出来ないと思うと悲しくてしょうがありません。

もし彼もことをご存知の方がいらっしゃいましたら是非私にご一報ください。

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2011年5月10日 (火)

また訃報

5月8日 ギタリストのコーネル・デュプリー(Conell Dupree)な亡くなられた。

高校生の頃よく聴いたスタッフ(Stuff)のメンバー。

当時はもう1人のギタリストのエリック・ゲイルのほうが好きだったけれど年とともにコーネルも大好きになっていった。

当時ジャズを目指していた私にとってトレブリーなコーネルの音より箱の音がするエリックゲイルのほうが私にはピンときたんだと思う。

彼の様なスタイルのギタリストは沢山いるけれど、歌心はピカイチだと思う。

デビット・T・ウォーカーも同じにおいのするギタリストだけどコーネルの歌い方のほうが好き。

昔ジャズライフのインタビュー記事で読んだことがあるけれど、コーネルもデビットTもスタジオミュージシャンなのに譜面が読めない。

アメリカにはそんなミュージシャンがたくさんいると思うけれど、だからこそ自由な感性で演奏できるんだと思う。

また子どもの頃のアイドルが逝ってしまった。
今日は久し振りにスタッフを聴くことにしよう。

ご冥福をお祈りいたします。

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2011年2月 4日 (金)

コーラ先生

先日レコーディングの時に聞いたんだけど、振付家のコーラ先生(平山高良先生)が亡くなられた。平成22年12月9日 
業界では有名な方。何十年もやっていたのでお弟子さんの数も多く現在ダンス講師をしている人も多い。

ダンスのことは良く分からないけれど、彼独特のスタイルを確立していて人間性もまた尊敬される方だったらしい。

2000年初等まで美歌さんのショーの振り付けをやっていたので知っているんだけど、一度だけ彼の主宰するダンススクールのコンサートにちょっとだけ美歌さんと出演したことが思い出深い。(もちろん演奏で)

一般的なダンスのコンサートはアリモノのCDを使うけれど、どうしても生でやりたいってことで私がそのお手伝いをすることになった。

何度か事務所に足を運んで打ち合わせをして稽古場まで見学にいったりした。

打ち合わせと言ってもコーラ先生は「これはドラムで」とか「これはサックスで」とかイメージでしか言わないので初めのうちはさっぱり分からなかった。

振り付けは決まっているので、それに合わせて小節数も決めなければならない。
オープニングで使ったのはドラムソロ。
タムタムの全音符から始まってジーンクルーパースタイルのソロに変わって行くんだけど、フレーズで振りが決まっているのできっちり譜面にしなければならない。
リハーサルは本番前の1回っきり。
全員ほぼ初見。

他にもサックスとトロンボーンのデュオとかテンポ300のトランペットとドラムのデュオとか、かなり難易度の高いものもあった。
そんな訳で使ったミュージシャンも一流どころのスタジオミュージシャン。トランペットに限ってはジャズのアドリブもできる人って条件付き。
私にとっても良い経験になった。

私がこの世界に入って初めて知った振付家がコーラ先生。ダンスの素晴らしさを知ったのもこの時期から。
訃報を聞いてから調べたらコーラ先生は元ジャニーズってことも分かった。

享年六十二歳  ご冥福をお祈りいたします。

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2011年1月15日 (土)

訃報

ドラマーの古澤良治朗さんが亡くなられた。

なんて言うか、、、日本のジャズシーンに生きた人って感じ。
昔リー・オスカーと共演してアルバムを出してラジオ番組にも良く出ていたのは記憶に残っている。

初めて演奏を聴いたのはトロンボーンの向井滋春のバンドだったかな?
まだ高校生の頃。六本木のピットインで。

向井さんとは後に音楽学校の先生仲間だったので何度かお会いしたことがあるけれど、古澤さんとは残念ながらお会いできなかった。
近くて遠い存在だったのだろうか・・・・。

もう一人俳優の細川俊之さんが亡くなられた。
やはり大好きな俳優さん。

私の世代の出会いはなんと言っても「あしたのジョー」の力石徹の声。
ジャズ番組の司会をやるくらいジャズが好きな人だったと思う。
テレビの音楽番組で私の先輩たちが彼と共演しているのを見ながら、いつかは自分も一緒にやることがあるかも知れないと思っていたものだ。

晩年の出来事は今更言わない。
彼は素晴らしいミュージカル俳優として幕を閉じたと思う。

私が2年前にパルコ劇場でやったミュージカル「トライアングル」は細川さんと木の実ナナさんの「ショーガール」の現代版ってことで始まった。
そんな訳で私にとっても所縁のある人だと思っている。
残念。

ご冥福をお祈りいたします。

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