2011年6月 1日 (水)

でものはれものところ嫌わず

食生活を変えてお通じが良くなった訳だけど、それに伴って屁も良く出る様になった。
おならですよ、おなら。(笑)

消化の良いものばかり食べて牛乳やヨーグルトなどの乳製品も良く飲むし食べる。

こりゃ出ないほうがおかしいんだけど、我ながら驚くほど屁が出るのだ。
家にいるから我慢なんかしないけれど、外に出掛けたらどうすればいいんだろう?

ここまで大量に出るとなると我慢するのは絶対良くない。相当なガスが体内に溜まるはず。

以前『おならは我慢するとげっぷになる』ってな話をしたけれど、それも困る。量が半端じゃない。

せめて音がしない様にして失礼のない様にしなければ。(笑)

そう言えば入院中、看護師さんに「ガスはもう出ましたか?」と良く訊かれていた。
今思うと術後の胃の活動を見ていたんだな。

一般病棟に移った当初、私とお向かいの人以外は食事をしていて、当然トイレも行くし屁もしていた。

屁をすることはなにも悪くない。むしろ健康のバロメーター。
しかし部屋中の人が容赦なしにでかい音で屁をするのは慣れない私には驚きだった。(笑)

これって女性の病棟もそうなんだろうか?

たぶんそうなんだろうな・・・でも想像したくないな。

看護師さんだって屁はするだろう。
でも採血の最中とか点滴の針を刺しているときはやめてね。
って仕事中はしないか。(笑)

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2011年5月30日 (月)

食事療法

退院して一週間ほど経った。

今まで朝に寝て昼に起きる生活が入院して一転。
入院中は朝の5時から採血があって6時から先生の回診があった。とんでもない早さ。

さすがに今は家にいるのでそんなに早起きじゃないけれど8時には起きるという私にとってはとても健康的な生活。

食事も以前は一日二食に酒一食って感じだったのが今は三度の食事、酒はなし。

気がつけばジーンズの上に腹が乗っているではないか!
完璧肥った。(^^;)

退院する時に栄養士の方に『消化性潰瘍の食事療法』なる表を頂いて食事はちゃんと守っている。
なのに肥るってことは食べ過ぎなのか今まで小食すぎたのか?

この食事制限なかなかどうして守るのが大変。

パン、粥、うどんはいいけれど赤飯、ラーメン、玄米は
ダメ。

白身の魚はいいけれど赤身は好ましくない、サンマ、イワシなどの脂肪の多い魚はダメ。

肉類は鶏肉の油の少ない胸肉やササミはOK、ハム、ベーコン、ソーセージはダメ。

卵も半熟、茶碗蒸しはいいけれど卵焼きはダメ。

ま、ようするに油全般がダメってことだ。

野菜は柔らかく煮れば大丈夫。繊維の多いタケノコ、ごぼう、レンコン、フキ、香りの強いウド、セリ、ニラ、ミョウガなどもダメ。

嗜好品に関しては諦めてはいるけれど私が好きなものは殆どダメ。
番茶は良くて煎茶は良くないってのがイマイチ分からないけれど家には番茶がないので煎茶を飲んでいる。
コーヒーや炭酸飲料もダメなのでぐっと我慢。

タバコや酒は良い訳がない。
さすがに酒は飲んじゃいないけれどタバコは退院したその日から吸っている。

タバコ以外はちゃんと守っているのだ。

毎日が精進料理みたいなものなんだけどそれでも肥る。
不思議なもんだ。

いや〜しかしお通じは素晴らしく良く毎食後って感じ。
あとは運動をしてカロリーを消費すればいいんだろうけれど、まだ運動できる状態じゃなさそう。

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2011年5月28日 (土)

入院日記その4

漸く鼻のチューブが抜ける日がやってきた。

それに伴って背中の痛み止めのチューブも抜け、だいぶ身体も軽くなった。

さっそくやったのが洗髪。
入院してから入浴どころが髪も洗えないし顔も洗えない状態。ひたすらおしぼりで身体を拭くだけ。

髪はドライシャンプーで洗ってみたりしたけど汚れは殆ど取れないし臭い。フケも出るし痒いときたもんだ。

入浴もシャワーもダメだけど頭だけなら洗える様になってちょーすっきり。
なんだか生き返った感じ。(笑)

でも食事はまだまだ。

もう頭の中は食べ物でいっぱいで読む本も料理関係の漫画本ばかり。売店で買うのもグルメ雑誌。(^^;)

次の日漸く腹に刺さっていたチューブも取れいよいよ食事か!と思いきや初めはカップ一杯のお茶だけ。

次の日は朝昼晩を3回のお茶だけ。

Kinnshoku『絶飲食』の札も『飲水可能』に替わったけれど『禁食』の文字が・・・(泣)

そして一週間が過ぎて待望の食事。
どんなにこの日を待ちこがれていたことか。(笑)

Shokuji初めは五分粥から。
おかずは全て歯がなくても食べられる柔らかいものばかり。
結局退院するまでお粥は続きこれぞ病院食と言う様なものばかりだった。

ま、取り敢えずここまできたら退院も近い。
次の日は点滴も取れてはれて自由の身に。(笑)

もうこうなるとただグータラと一日を過ごすだけ。
寂しいのは看護師さんがもう相手をしてくれなくなったこと。(^^;)

やることと言ったらお見舞いに頂いた漫画を読むかテレビを見るかラジオを聴くくらい。
もう退院までカウントダウン。

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2011年5月27日 (金)

入院日記その3

鼻に入っていた酸素吸入のチューブは二日目にとれたものの鼻から胃に入っているチューブはそのまま。
このチューブが一番痛くてうざいのだ。

三日目くらいから傷口もだいぶ良くなって歩ける様になった。
「なるべく歩く様にしてください」と看護師さんから指示をされたけど、用もないのに病棟の廊下をただ歩き回るのはつまらない。

おチンチンの先っぽには尿をだすチューブがやはり入っていてトイレに行く必要がないのだ。ま、楽っちゃあ楽なんだけど。

背中には痛み止めが刺さっていてそのチューブも点滴台にぶら下がっている。この痛み止めが外れるまでおチンチンのチューブも抜けないらしい。

歩く様になると内臓も活動を始めるのか腹も減ってくるのだ。

考えてみたら入院してから何も食べていないし水すら飲んでいない。

Zetuinshoku私のベッドには有難いことに『絶飲食』の札(-_-;)

毎朝回診にくる先生に「いつから食事ができるんですか?」と毎回訊くんだけど「チューブが取れるまでは無理です」と言われる。

五日目、朝から慌ただしく新たな患者さんが入ってきた。
ベッドはあっという間に満席。いや満室。

私の右隣には白髪のもの静かな紳士が入ってきた。

この方、普段から規則正しい生活をしているのか21時の消灯の時間になるとちゃんと寝てしまうのだ。

ところがこの人、前回までいた人よりさらにいびきが凄い!
どうも私の方を向いて寝ている様で寝返りも殆どしない。
私との距離はカーテンを挟んで1メートルくらいしかない。

これはさすがにたまったもんじゃない。

おまけに若干無呼吸症候群の気があるのか、時々いびきが聞こえなくなるのは呼吸がとまっている時なのだ。
それはそれで気になってしょうがない。

けっきょくその人が朝起きるまで私は一睡もできなかった。

次の日から耳栓の日々が始まる。

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2011年5月26日 (木)

入院日記その2

安静状態は続いていたんだけど二日目の午後には一般病棟へ移動。

こっちは8人部屋。間もなく退院って人が2人いて4日目には患者は私を含め4人になってしまった。
隣の人のいびきが凄かったので無事退院してくれて私としては助かった。

と思ったのもつかの間、糖尿病のおじいさんが入ってきた。
あとで分かったんだけど合併症でいろんな治療や手術が必要な様だ。

このおじいさん、左耳が全く聴こえない。(自分で看護師さんに説明していた)
右耳は聴こえる様だけど話し声のでかさであまり聴こえていないのが分かる。

夜になり看護師さんも交代。

21時消灯。

深夜看護師さんがやってきた。
どうやらナースコールで呼んだらしい。


看護師さん:「○○さんどうしました?」

おじいさん:「電気(ライト)のつけかたわかんないだけどどうするの?」

看護師さん:「深夜ですから小さい声でお願いします(かなりの小声)」

おじいさん:「あのね電気のつけかたわからなくてさ(かなりでかい声)」

看護師さん:「皆さん寝てますから小さい声で(あせって小声)」

おじいさん:「あの電気がね…(大声)」

看護師さん、頼むから普通に話してやってくれ(-_-;)

この看護師さん、おじいさんが耳が遠いことを知らないのだ。

傷口がまだ治っていない私は笑うに笑えない。

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2011年5月25日 (水)

入院日記

入院して二日間はHCU(準集中治療室、集中管理病棟)の部屋にいたんだけど、この部屋には私以外に年輩の男性と年輩の女性の2人がいた。
普通男女が同部屋になることはないと思うんだけど、自力で動くことが出来ない人の場合はOKなんだろうか?

この男性、脳梗塞かなにかだと思うんだけど車椅子で動けるようだけど言葉が喋れないようで「う〜ん」とか「ん〜」でしか言えないのだ。

看護師さんが一日に何度か点滴を換えにきたりするんだけど、その会話が面白い。

「○○さん、大丈夫ですか〜?」
「○○さん、お身体の具合いかがですか?」
「○○さん、タオル換えますね〜」

などの看護師さんの言葉に全て「う〜ん」で答えるんだけど、当然看護師さんに全ての意思が伝わる訳ではない。

看護師さん「○○さん、どうなされました?」
男性「う〜ん」
看護師さん「○○さん、どうしたいんですか?」
男性「う〜ん」

ってのがそのうち
看護師さん「○○さん、う〜んじゃ分からないですよ!」
男性「う〜ん」

このやりとりが何分も続くのだ。
なかには途中で切れ出す人もいるのだ。ま、気持ちは分からないでもないけど。

私は別に聞きたくもないんだけど動くことも出来ないしやることもないのでどうしてもその会話が耳に入ってしまう。

○○さんはまるで言葉の喋れない赤ちゃんの様なのだ。

会話はカーテンごしに聞こえてくるので見ることは出来ない。
ただ分かってきたのは「う〜ん」には長さや音の高さなど違いがあり、それで意思表示をしているってことだ。
それは嫌だなんてときは「う〜ん」と言うのをやめてしまう。(たぶん)

毎日何人もの看護師さんたちや掃除や洗濯をする人がやってくる。
皆がその男性に話かけたり世話をしなければならない訳だけど、ここでその看護師さんたちの性格や仕事っぷりが分かるのだった。

意識がもうろうとする中、私の楽しみと言えばイヤホンから聴こえてくるラジオしかなかったのがいつの間にか今の「う〜ん」はどういう意味なのかと詮索する様になっていた。(笑)

どうでも良い話だけど私の主治医の先生はタカアンドトシの2人を足して2で割った様な顔をしている。

Kizu術後の腹の写真。記念に撮っておきました。(^^;)
傷はホチキスの様なものでとまっています。
腹の右側にはチューブが入っています。

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2011年5月24日 (火)

ご無沙汰しておりました

実は13日(金)に腹痛で動けなくなり救急車を呼んでしまいました。
もちろん生まれて初めて。

病院へ運ばれ検査。
胃潰瘍と十二指腸潰瘍が見つかり腹の中(体内)にあってはいけない空気の泡が見えると言われ、早急に処置しなければ危ないってことで即手術になってしまいました。

可能性としては十二指腸潰瘍の穴から体内に胃の中のものが入ってしまって腹膜炎をおこしているとのこと。
ただその穴が潰瘍の穴なのか癌か他の原因でできた穴なのかはちゃんとは分からないとのこと。

腹膜炎は放っておくと手遅れになってしまうので即手術と相成ったのであります。

手術は無事終了。
その日から入院生活になったのでした。

初日から3日目までは絶対安静状態でトイレも行けない状態。
身体には沢山のチューブが刺さっていて寝返りもできなく鼻からは酸素吸入。
見た目はかなりの重病人。(笑)

でも意識はちゃんとあってお見舞いに来て頂いた人のこともちゃんと憶えている。
でも今になってみると結構意識はもうろうとしていたみたいで喋ったことの記憶がないとこも多々。

そんな状態ではあったのだけど、同じ病室にいた人たちがとる行動が面白くて、思わず人間ウォッチングをしていたのであります。

そんな訳で退院した今日まで10泊11日のことを振り返りながら暫くはブログに書いちゃおうかなと思っています。(笑)

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